もう10年も前の冊子なのに 

 今日、私が10年も前に作った赤木かん子さんの講演会記録集についての問い合わせがありました。
 「今どきの大人と子どもと本と」という本です。奥付に自宅の電話番号を記してあったので、連絡をされたそうです。

 赤木かん子さんの講演会記録集を、1995年の東京と1996年の沼津分2冊作りました。
 今日は、その内の1冊を「新宿の図書館で借りて読んだ」方から、どうしても欲しいのでということでした。
 2冊目は、もうすでに手元になく、1冊目が50冊ほどあるだけです。
 1冊目を送ることになりました。

 10年も前の本の問い合わせというより、図書館に置いてあって、それを読んだ人がいるということにびっくりしました。

 おまけ
 その1
 メールの調子が悪い。メンテ係の長男がいないので、「何とかして欲しい」と泣きつく。「離れた場所から直せるかもしれないので、今晩何とかやってみる」という回答。「そんなことができる!?」時代になったことに驚く。
後日、東京から遠隔操作で、修理完了。当然だが、マウスの動いている様子がリアルタイムで見ることができる。途中に「作業、完了。次のチェックをします。」とかの文字も挿入されてくる。二女は、「PC室で先生が、生徒のPC操作するのと同じでしょ!」と言うけれど、私にはもっとインパクトあったなあ。


 その2
 長女は、昨日のインター杯県大会で、中学から続けていた卓球生活を終える。朝は浜松まで行くという長女と同じ新幹線、帰りは、いつものお好みやで打ち上げをやった後の長女を三島で乗せて帰宅する。

車中の会話 その1
私「結局、(私が)試合を1度も見なかったねえ」
長女「(見に来なくて)当然」
 私は、小学生ならともかく、中学になって子どもの試合を親が見に行くというのは、どうかと思っているが、今の時代はそうでないらしい。皆さん、それはそれは熱心に応援に行かれているようです。

車中の会話 その2
私「いよいよ受験生だねえ〜」
長女「(明らかに私学文系コースなので)社会じゃなくて、
  (差が付きやすいらしい)数学にしようかな」
私「・・・(絶句)。」
(それはないでしょう!!という数学の成績を取ってくるのに、やればできると信じているのが、素晴らしいというか何というか。)

 先日は、「(学校の)進学説明会で、『今の時期は、大学判定 BじゃなくてDぐらいでいい』って言われたから、(D判定の)○○大にしようかな」と至って、素直な反応をしてしまう。
 素直さ、気だての良さだけはあるとは思うが、何というか「現実を直視」しないのは、問題だと思ってしまう。

 高校入学祝いに、犬(クンちゃん、ラブラドール)を飼うようになり、その条件が、県内国公立(2つしかないうちのどちらか。)に入って散歩を毎日する!ことであった。
 県外だと、犬の散歩が本当に「困る」のだが、下見大学のある場所が、関西なので喜んで付き合うことにした。友人にも会えるしね。