1年も3年も同じ

 今日は、保護者の方の読み聞かせの日だったが、都合でできなかった1年3年6年に読む。
1年生

しゃっくりがいこつ

しゃっくりがいこつ

本の紹介より
がいこつのしゃっくりは ほねがきしんで はが がちがち いって 
おなかが  よじれて もう たいへん。
ヒック ヒック ヒック どうしたら がいこつの しゃっくりは とめられるのでしょうか? ヒック ヒック ヒック

1年生は、じっと「ほんとうに とまるのかな?」っていう顔で聞いていました。
絵本を読んでいると、話に入りこんでいる時と、最後の「あ〜よかった!」っていう時の顔が全然違います。最後は、緊張が解けて、フーという満足のため息が聞こえます。今日はそんな本でした。

読み終わって
「しゃっくりが出たのことのある人?」って聞くと、いろいろな止め方を披露してくれました。①おどかされた②水を一気に飲んだ③水を飲んでおじぎをした④息を止めた  どれも止まったそうです。

3年生は、1年生の後、違う本の予定で行ったのですが、手に持っていた
『しゃっくりがいこつ』を目ざとく見つけ、「こっちがいい!」と。「3分で終わっちゃうよ!」と言っても「いい」というので、読みました。
3年生は「みずをのんでごらんよ、さがだちしてさ」のところで、爆笑。
十分楽しかったようです。

読み聞かせ本の選書について
私が、自分で読んで「いいかな?」という本を読んでいます。あまり、自分の好みが色濃くでないように、朝読むのですから「明るく、楽しく」が基本です。読んだ後、少し話し合わせたいような絵本は、授業で扱う「教材」とするので、「読んでおしまい!」の朝の読み聞かせには使いません。
 
今回PCの知識がほとんどないのに、このブログを始めたのは、これまで、読んできた絵本で「十分使える本」と「作品としてはよいが、もう大勢の前では読めない」本に分かれてきたことと、新作に多いに挑戦し、新しい定番を作りたいという2つの意味があります。

と、ここで

もっとも危険な読書

もっとも危険な読書

「凡庸な芸術家の温泉めぐり」にあった次の文を思い出す。

明治の作家たちを主人公にした小説を書いているので、当然のことながら当時の作品を読む機会が多く、さらには当然のことながらその作品の中には、すでに読んだものもはじめて読むものも含めて
「現役!いや、いや、いまだってこんなのないです!」というもの
「いまでもまあなんとか読める」
文学史の中でしか生きられない、賞味期限がすでに過ぎているもの」
とあるわけで、(後略)。

確かに、読み聞かせも、「10年前の子どもはこのお話ちゃんと聞いてくれたのに」とか「いい本だって紹介されてたのに・・」と言って本の世界に入れない子どもを非難することだけはないように、日々子どもの前をいくしかありません。

付録
昨日の内田樹先生のブログの他に、向後先生のブログも毎日読んでいます。昨日の向後先生のグログは、同じ『子どもは判ってくれない』だったので、びっくり。思わず、メッセージを入れました。

『今年の1日からブログを始めました。ココログにしようかなと思っていたら、向後先生が「はてな」だったので、「はてな」にしました。内田先生と向後先生と堀田先生のブログを毎日読んでいる小学校教師です。今日の私のブログが、「子どもは判ってくれない」だったので、びっくり。昨年内田先生著作はすべて買い込みました。高橋源一郎さんのあとがきにあるように「ずっとこんな人を待っていた!」
http://kogolab.jp/