5年前の日記

 久しぶりの内田先生
 
 学生(神戸女学院)への宿題

 

けれども、理解も共感も絶した他者を理解したいと望むなら、自分の予断を形成している「情報を抜く」ことが必要であるとわきまえておくだけとりあえずは十分だろう。
 というわけで、宿題は「2003年6月26日の日記」である。
 君たちの5年前のある一日の日記を書いてきなさい。
 もちろん、中学生時代の日記をほんとに出してきて書き写したりしちゃダメだよ。
 そうではなくて、自分で考えるのである。
 それからの5年間に自分の身に起きたことを「知らないこと」にして、それによって形成されてしまった価値判断の基準や、好悪や美醜の傾向を「リセット」するのである。
 どうしてそんなことをするのかというと、君たちの中には「今の君たちが忘れてしまった自分/今の君たちのことを知らない自分」がいることを思い出して欲しいからだ。
 そして、彼女たちに言葉を与えてやってほしい。

 太字はkoyateru

 5年前の自分。「今の自分を知らない自分」に言葉を与える。
 未来の自分を強く念じることはあっても、過去の自分に言葉を与えることは、考えてもみなかった。
 
 非公開で、書くことにする。