マザー
母親の意向が強いと思われる習い事のため、友達と遊べない毎日を過ごしている小学生の女の子が、夜な夜なお皿を割るようになるんです。で、「これはまずい」と思った母親が、その子の誕生会をやろうとはするものの、娘が来て欲しい多くの友人に書いた手書きの招待状を処分してしまい、結局誰も誕生会には来ないで・・・。という話。
この話を読んで多くの母親は、我が家は、ここまでひどくないって思うような気がするんだけど、でも現実は、この母親に近いものを誰でも持っていると私は思う。
で、本棚整理の合間にぱらぱらもう1度内田先生の本をめくっていたら(ってもちろんこっちの時間の方が多い)
健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体 (角川Oneテーマ21)
- 作者: 内田樹,春日武彦
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2005/08/01
- メディア: 新書
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教え子たちの悩みを聞いて感じた印象でも、母子関係が問題ですね。どうも、母親のコミュニュケーション能力が低くなっているみたいです。
母親の間に、「子どもにこうなってもらいたい」というかなり明確なイメージがあって、そのイメージとなじまないような子どもからのシグナルには反応しない。自分が聞きたくないメッセージを子どもが発していても、母親は耳を塞いでしまう。これは一種の精神的虐待だと思うんですけど、母親も子どももそれを虐待だとは認識していない。
でも、そんなふうに親の求めている部分に合致するところは受け入れられるけれど、それ以外は無視されるという育てられ方をすると、母親がやってみせたコミュニュケーション遮断がボディブローみたいにじわじわと効いてきて、子どものある種のコミュニュケーション能力を深く損なってしまうように思うんです。
そういう経験をしてきたらしい学生と話をしていると、話の途中で、何かがすっぽりと抜け落ちていることに気がつくことがあるんです。ぼくが、しゃべっていることのうちで、どうやら「聞いている部分」」と「聞かない部分」がある。
ちゃんとうなずきながら話を聞いているように見えても、ある瞬間から、ぷつんと回路がオフになって、もう何も聞いていない。だから、ぼくから送られるメッセージはまるで「虫食い算」みたいにあちこち穴だらけなんです。それが、「虫食い」状態になっているということに、ご本人は気がついていない。
ぼくはこれを「虫食いスキーム」と呼んでいるんですけど、この「穴だらけの世界」が彼女たちにとってはたぶん自然な世界の見え方なんです。
(中略)
そういう学生に文章を書かせてみると似たようなことが起こります。意味が通らないことを平然と書いてしまうんです。普通だったら、自分が書いた文章を自分で読み返してみて意味がわからなかったら気持ち悪いじゃないですか。ところが、そういう学生はどうも気持ち悪くならないらしいです。
あっ、赤川さんの作品は、このことだなって思う。そういう私もしょっちゅう、子供たちに「また生返事したでしょう!」と言われてる。危ない、危ない。
ともあれ、いくら子育ては、「時間より質」とは思っても、せめてたまの休みぐらいは「自宅にいる」ことは必要だな〜と思い、次女の社会科のレポートなるものに口出しするんだけど、うまくかみ合わない。
おまけ
脳ドッグの結果を聞きに行く。「異常なし」
物忘れが激しくなったのは、単に加齢?らしい。